Vol.003 原木しいたけ
岩手県八幡平市でしいたけ栽培を生業とする
古川忠さんの原木しいたけは、
ミシュラン二ツ星の名店
「てんぷら近藤」の天種として
二十年以上取引を続けている。
それはつまり、
厚みのある一級品のみ、毎週数百個
必ず店に届けているということだ。
古川さんは言う。
「天候が悪かったから数が採れなかったとか、
大きく育たなかったとか
自然のせいにしてはいけない。
自分で環境を整えて、愛情と手間をかければ
しいたけは応えてくれる」
手に刻まれた皺と、染みこんだ土の色が
その実力を雄弁に物語る。
〒028-7305
岩手県八幡平市
松尾第1地割77-5
TEL.0195-74-3446
1945年、岩手県旧松尾村生まれ。現在は原木しいたけを全体の9割、菌床しいたけを1割栽培。日中に植菌やほだ木の管理をし、15時頃からしいたけの選別、17時に出荷。奥さんと二人で作業している。
古川忠さんは子供のときから生き物が好きで、高校卒業後、畜産関係の仕事に進む。だが、40歳を迎える頃、様々な事情から転職を決める。
農業をやるなら何を栽培するべきか…。頭に浮かんだのは、この地域で古くから盛んだった原木しいたけの栽培だった。古川さんは全国のキノコ産地を視察し、栽培方法を徹底的に調査・研究。年月をかけて自分流の栽培方法をつくり上げた。
古川さんが大事にするのは、ビニールハウスの中を自然に近い状態にすること。ヒートポンプは使わず、特注のストーブで湧き水を熱して蒸気を出し、ハウスの中に人工の霧をつくる。
自然に近い状態の中で、古川さんは野生の勘を研ぎ澄ます。しいたけが今、水を欲しているのか? もっと暖かくしてほしいのか? しいたけの声を聞くために、古川さんはほだ木に顔を近づけて話しかける。「棚にしたほうが楽なのですが、やぐらの積み方にしたんです。このほうがしいたけと話がしやすいですから」。その姿は子を思う親そのもの。しいたけへの愛が伝わってくる。
決め手は「水」と「人」の良さ
人工の培地で育てたしいたけは、揚げても香りが少なくて、旨味も弱い。それに対して原木しいたけには自然由来の力強い味わい、そして各々の地域の土の香りがします。
岩手を訪ねたとき、お会いした生産者の 一 人が古川さんでした。古川さんのつくったしいたけが私のイメージする味に 一 番近く、作業場を見せてほしいと頼みました。見学してわかったのは、水の良さです。岩手山から湧き出る水を使用しており、実際に飲んでみて大変美味しかったのを覚えています。加えて、古川さんの 一 生懸命な働きぶりを目にし、この人なら安心だと感じました。以来、今に至るまで途切れることなくお付き合いさせていただいております。
120%をお出しするために
原木しいたけに限らず、素材を見れば生産者がどんな仕事をしたのかが分かります。絶えず前向きで、自分のつくっているものに妥協しないこと、それが一番です。このことは生産者だけではなく、我々料理人にも言えることです。生産者が100%の力で育てた野菜に、私がさらに20%加えて、お客様へ120%の天ぷらをお出しする。全力と全力の高め合いを、これからも続けていきたいと思います。
1947年、東京都生まれ。「山の上ホテル」の和食・天ぷら部門で腕を磨き、23歳で料理長を務める。1991年に独立し、銀座に「てんぷら近藤」を開店。ミシュランガイドで9年連続で二ツ星を獲得している。
〒104-0061
東京都中央区銀座5-5-13
坂口ビル9階
TEL.03-5568-0923
[昼の部]12:00~13:30 LO
[夜の部]17:00~20:30 LO
近藤文夫さんは、野菜の天ぷらを天種として確立させた人物としても知られている。人参の細切りのかき揚げや、サツマイモを分厚く円柱形に切り170℃で約30分かけて揚げるなど、素材そのものの味わいを引き出す調理法を考案してきた。
近藤さんは天ぷらについて「余熱料理である」という。「油から上げた後も熱が持続しますから、余熱が入ることを計算して揚げると美味しくなります」と語る。余熱についてもっと意識すれば、家庭で揚げる場合でも、ひと味変わるはずだ。
しいたけを揚げるとき一番大事なのは、一定の温度で揚げることです。温度が安定していないと、油が中に入ってしまいます。油温を175℃に保つために、最初は温度が下がることを想定して180℃に上げてから揚げましょう。
TEL.019-629-3133
〒020-0022岩手県盛岡市大通3丁目4-1
FAX.019-654-2508
※または、県内生産者・産直施設へご連絡願います。
しいたけに欠かせない2つの要素
かつて、私の住んでいる旧松尾村が、しいたけ日本 一 の産地として注目されていた時代がありました。全国のキノコ産地を視察し、自分でしいたけを育てるようになって、その理由が分かりました。
ひとつは「気温」です。この地域は昼と夜の寒暖の差が大きく、温度のメリハリがしいたけの成長を促します。もうひとつは「水」です。岩手山からの伏流水である「長者屋敷清水」をはじめ、私の栽培施設では3つの湧き水を使用しています。水の良さが、しいたけの味の良さとなって表れるのです。
愛情が味になる
原木しいたけを栽培するとき、心掛けているのは「愛情を注ぐこと」です。愛情とは、居心地をよくしてあげることだけではありません。時にはギリギリの環境に置くからこそ、その刺激で通常よりも成長が進むこともあります。だから、原木しいたけ栽培は子育てと 一 緒です。甘やかし過ぎてもいけないし、厳しさが必要なときもあるのです。そして、真摯な心で向き合うこと。取り組む姿勢が、形となってあらわれますから。
うちの原木しいたけは、しいたけが嫌いだという人でも「これなら食べられる!」とよく言われます。うちの原木しいたけで、たくさんの子どもたちに、しいたけを好きになってもらいたいですね。